褒めるのをためらわない友人に、理由を聞いてみた
「なんでそんなに褒めてくれるの?」から始まった話
「オレ、めったに人を褒めないんだけどさ」 そんな前置きから始まる褒め言葉って、たまにありますよね もちろん、悪気はないんだと思います むしろ本人としては、 「普段はあまり褒めない自分が、今日はあなたを褒めている」 という、最大級の褒め言葉なのかもしれません 私も言われたら「普通に」嬉しい ただ、あとになって考えてみると、 少しだけ不思議な言葉でもあります 「めったに人を褒めない」という情報は、 褒められている私のことではなく、 褒めているその人自身の話だからです 私は簡単には人を認めません その私が、あなたを認めました そんな自己紹介が、褒め言葉の前にくっついている 別にそれが悪いわけではないんです 私だって、似たようなことを言ったことがあるから
ただ最近、それとはまるで違う褒め方をする友人に出会いました その人は、なぜか私のことをよく褒めてくれる 何か大きなことをしたときだけではなく 会話の中で何気なく言ったことだったり 私自身はたいして気にも留めていなかった行動だったり 「さっきの言い方、よかったよ」 「そういう考え方、いいよね」 そんな感じで、見つけるたびにさらっと言ってくれる 最初のころは、正直ちょっと戸惑いました 嫌なわけではありません むしろ嬉しい ちゃんと嬉しいんです でも、なんというか、 くすぐったい 褒められるたびに、 「いやいや、そんなことないよ」 と、とりあえず否定してしまう 否定しながら内心ではしっかり喜んでいるので 我ながら面倒くさいなと少し思ったりもします
そんなやり取りが何度か続きました そのうち、嬉しいとか恥ずかしいとかとは別に、 ひとつ気になることが出てきた この人は、なんでこんなにためらいなく他人を褒められるんだろう 私は、いいと思ったことがあっても、 わざわざ口に出さないことがあります 「言うほどのことでもないか」 「急に褒めたら変かな」 「なんか媚びてるみたいにならないかな」 一瞬そんなことを考えて、そのまま流してしまう でも友人には、 そういう躊躇いがあまりないように見えた いいと思ったら、そのまま言う だから、あるとき聞いてみることに 「そんなに褒めてたら、褒め言葉の価値って下がらない?」 今思うと、少し意地の悪い聞き方だったかもしれません でも友人は、気を悪くした様子もなく、 むしろ心底不思議そうな顔をしていた気がします そして、 「自分の中に閾値があって、 褒めるに値する事実がそれを超えたら褒める それだけ」 その言い方が妙にあっさりしていて、 私は、ちょっと笑ってしまいました なんだか難しそうな言葉を使っているのに、 言っていることはものすごく単純なんですよね いいと思う線が自分の中にある それを超えた だから言う それだけ そのときの私は、 「ああ、なるほどね」 くらいに返したと思います 会話としては、それで終わり でも、なぜかその言葉がずっと残っていました 今こうして文章にしているくらいなので、 たぶん思っていた以上に引っかかったんだと思います 私はそれまで、友人のことを 「人をよく褒める人」 だと思っていました もしかしたら、 誰にでもこういうことを言っているのかな、 と考えたこともあります 当時の私は、褒める回数が多いと、 ひとつひとつの言葉が軽くなるような気もしていました でも、話を聞いてみると少し違ったんです 友人にも、ちゃんと線がある 何でもかんでも褒めているわけではない ただ、 その線を超えたものを見つけたときに、黙っておかない たぶん私との違いは、そこだったんだと思います 私は「いいな」と思ったあとに、 言おうかな やめようかな わざわざ言うほどかな と考える 友人は、そこであまり立ち止まらない いいと思った じゃあ言う そのくらいの距離なんだと思います
それから、友人に言われた褒め言葉をいくつか思い返してみました すると気づいたことが 言葉が、いつも妙に具体的だということを ただ「すごいね」とか「いいね」で終わるのではなく、 何がよかったのか どこを見てそう思ったのか そこまで一緒に言ってくれる だからなのかもしれません 友人に何かを褒められたあと、私の中に残るのは、 「褒めてもらった」 という嬉しさだけではありませんでした それよりも、 「あ、そこ見てくれてたんだ」 という気持ちのほうが大きかったりします 自分では特に気にしていなかったこと 何気なくやったこと 自分なら、そのまま通り過ぎてしまうようなところ そこを誰かが見つけて、覚えていて、 わざわざ言葉にしてくれる それって、思っていたよりずっと嬉しいことでした もしかすると私がくすぐったかったのも、単純に 褒められ慣れていなかったからだけではないのかもしれません 思っていた以上に、 自分のことを見てもらえている感じがしたからなのかもしれない そう考えると、褒めるというのは、 相手を持ち上げることとは少し違うのかも 相手のいいところを見つける 見つけたことを、そのまま渡す そのくらいのものなのかもしれない そして、そのためには当然、相手を見ていないといけない ここまで考えて、少しだけ自分のことが恥ずかしくなりました 私はこれまで、 「自分はあまり人を褒めるタイプじゃない」 と思っていたから どこかで、それを 自分の基準が高いからだと思っていたところもあった気がします 簡単には褒めない 本当にいいと思ったときだけ褒める そういうほうが、一言の価値が高いような気がしていたんです でも、本当にそうだったのかな 単純に、人のいいところを見つけるのが下手だっただけかもしれない 見ていなければ、当然気づかない 気づかなければ、言葉にもならない それを「私は簡単には褒めないから」と、 都合よく言い換えていただけだったのかもしれません
友人と話してから、私も少し意識するようになりました いいなと思ったら、なるべくそのまま言う できれば、 「よかったよ」 だけじゃなくて、 「ここがよかった」 まで伝える とはいえ、これが意外と難しい いいと思ったのに、その場では言えなくて、 あとから、 「あれ、言えばよかったな」 と思うこともあります いざ言おうとすると照れくさくなって、 結局よく分からない短い一言になってしまうこともあります でも、それでも以前よりはいいかなと思っています 少なくとも、 「どこがよかったんだろう」 と考えるようになったから そうやって誰かのいいところを探している時間は、 たぶん、その人をちゃんと見ている時間でもある 褒め言葉って、使ったら減るものじゃないんですよね たくさん言ったからといって、手持ちがなくなるわけでもない だから、必要以上に大事にしまっておかなくてもいいのかもしれません いいと思った ちゃんと見ていた だから、言う たぶん、それくらいでいい ……と、ここまで書いておきながら 次にその友人から何か褒められたときも、私はきっと、 「いやいや、そんなことないよ」 と、また少しくすぐったそうに返すんだと思います それくらいは、まあ、許してほしい
いつもとは少し違う記事になりましたが、 最後まで読んでくださってありがとうございました 読んだあとに、 ほんの少しでも気持ちがやわらいでいたら嬉しいです



具体的に伝えるほど、相手が自分では気づかなかった良さまで見える!
わたしも「いいな」は出し惜しみせず言葉にしたいです~!
あいすさん、初めまして✨
私はよく人を褒めるねと言われるんですが、
実はあまり“褒めている”感覚はないんです😊
その人のある部分を見て、
『素敵だな』
『それ、いいな』
と自分が感じたことを、
そのままお伝えしているだけというか。
褒めるというより、
“素敵だと思った観測結果のご報告”という感じかもしれません(笑)
今回の記事を読んで、そんなことを思いました。」