高専、知ってます?
第4話 鉄は想像の100倍削れない
※この連載は事実7割・フィクション3割。
盛るのは私の体験談だけで、高専の制度やルールの話に嘘はありません。
さんざん挨拶とお辞儀と絶叫の話をしてきましたが、 思い出してください。 私たちはそもそも、勉強をしに高専へ来たはずです。 大声を出す訓練を受けに来たわけではない。 ……はずなんです。 というわけで今日はようやく本題、実習の話です。
高専1年生の実習は、意外なことに、 自分の学科の専門ばかりをやるわけではありません。 私は機械科でしたが、 化学科の実験棟で試薬を扱ったり、 電気科で回路を組んだりもしました。 他学科の専門を、ぐるっと一周、味見させられるわけです。 化学は、白衣を着るだけで偉い研究者の気分。 電気は、自分で組んだ回路に電源をつなぐと、 モーターがウィーンと回り出す。 配線を一本挿し替えただけで、 さっきまで沈黙していた金属の塊が、 急に意思を持ったみたいに回転をはじめる。 理系の原体験という感じで、悪くない。 少なくとも、 遠くに向かって叫ぶよりは、有意義だ。 ……で、問題は、機械科です。
よりによって本拠地であるはずの機械科。 その記念すべき一発目が、これでした。 先生が、鉄のブロックを ひとり一個ずつ配って言い放ちます。 「これ、今から2mm ヤスリで削って。以上」 ……以上? 手のひらサイズの鉄の塊と、ヤスリ一本。 電動? まさか。 当然、手動です。 正直、なめていました。 2mmなんて、食パンの耳より薄いじゃないか。 あっというまに終わるだろうと。 結論から言うと、削り終わるまでに、 2時間かかりました。 鉄というのは、想像の100倍、削れません。 全体重で押し込んで ジャッ、ジャッと往復させても、 一往復で減るのは粉みたいな量です。
ここで、悪い癖が出ました。 苦痛を、勝手に数式へ変換したがるんです。 最初は元気だから、そこそこ削れる。 でも後半になると、握力は落ち、接触面は広がり、 ペースはみるみる鈍っていく。 要するに、残りが多いうちはよく進み、 目標に近づくほど失速する。 ならば、こう仮定してみたらどうだろう。 削れる速さは、残りの削りしろに比例する、と。 放置したコーヒーが冷めていくのと、 勝手にイメージを重ねてみる。 そういう仮定で計算を進めると、削れた深さは、 時間とともにこんなふうに伸びていくはずでした。
\(x(t)=2(1−e
^{−kt}
)\)
この式が言っているのは、こういうことです。 削れた深さは、時間が経つほど 2 に近づいていく。 ジャッ、ジャッ。 最初はぐんぐん、 でも進むほどペースが落ちて、 2 の直前でほとんど止まって見える。 ジャッ.........ジャッ...... やっかいなのは、 その「ほとんど止まって見える」が、 いつまでも続くこと。 ......ジャッ.................... 2 にどんどん近づくのに、計算上は、 ぴったり 2 には決してならないのです。 ..................................... 音すら、しなくなってきた。 あと少し、あと少しが、永遠に終わらない。
握力が尽きるほうが先か、鉄が削れるほうが先か。 私は汗だくで削りながら、 頭の中で、あの「永遠に届かない線」を、 じっと見つめていました。 そして、たまらず隣のやつに漏らしたんです。 「これ、理論上は永遠に終わらないかもしれない」と。 彼は手を止めず、一言。 「いいから削れ」 ……ごもっとも。 いくら理屈をこねても、鉄は1mmも削れませんからね。
休憩をはさみつつではあるものの、 かれこれ2時間ほどの作業が、ようやく終わりました。 ……と、ホッとしたのも束の間。 削って終わりではないんです。 このあとレポートが待っています。 正直、最初はこう思いました。 たった2mm削っただけで、何を書けというんだ、と。 ところが、書く欄は山ほどあるんです。 使った工具の名前、削る前と後の寸法、どんな手順で進めたか。 さらには 「なぜ想定より時間がかかったのか」 「どうすれば効率よく削れたか」 なんて考察まで、決められた書式で、理路整然と埋めていく。 削り終えたと思ったら、今度は書くのが延々。 そうやって何度もレポートと向き合ううちに、 私はある重大な真理にたどり着くことになります。 一番大切なのは、考察の深さではない。 美しいグラフでもない。 レポートの左上を、ホッチキスで留めること。 これです。 留め忘れや位置がずれていれば、百発百中で返されます。 「考察が浅い」と言われるより前に、無言で突き返される。 あと少しが永遠に終わらない、 なんて言う前に、まずホッチキスだった。
散々な一日でした。 それでも、削った鉄のずっしりした感触も、 苦痛のあまり頭の中に数式が浮かんだあの瞬間も、 普通の高校では、絶対に味わえなかったものです。 なぜ最初に、こんな地味な手作業をやらせるのか。 このあと私たちは、機械で鉄を削る世界に進みます。 ボタン一つで、あんなに手強かった鉄が、スルスル削れていく。 でもその前に「手で削る大変さ」を骨の髄まで刻んでおくと、 機械のありがたみが、 それはもう、身にしみるわけです。 一見ただの根性試しが、意外と理にかなっていた。
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数式でた途端…寝かしつけされてるとおもった🥱
便利にするのは簡単だけれど、便利になるきっかけを知るのは苦労するよね😥
めちゃくちゃ面白かったです!理論上は落としたボールが永遠に地面につかないという理論と同じですよね!手に汗握る、読み応えのあるお話でした😂✨️