ロボットを組み込む仕組みを考える私が、それでも「人の手」のことを考える理由
ケツ構怖い時代🍑AI時代にやってくる「飢餓」の話。
玄関の前に、荷物がぽつんと置かれている。 それを受け取りながら、ふと思いました。 そういえば最近、誰かと手を触れ合わせた瞬間が、ほとんどないなと。 配達を受け取るのも、 買い物をするのも、 仕事の打ち合わせも、 いつのまにか誰の手も借りず、 誰とも触れずに済むようになっていました。 便利になったはずなのに、 なんだか手のひらが少し寂しい。 こんなことを考えてしまうのには、 たぶん理由があります。 私は仕事で毎日のように 「人がやらなくていい仕事を、機械や仕組みに肩代わりさせる」 ことを考えている人間だからです。
私は、ロボットを組み込んだ仕組みを設計する仕事をしています。 重いものを運ぶ、 危ない場所に入る、 これまで人が担っていたやりとりを自動で完結させる ——そういう作業を、いかに人の手から切り離すか。 それを日々、設計に落とし込んでいます。 つまり私は、便利さや効率を追いかけて、 せっせと 「人と人のあいだから手間を抜く」 仕事をしている人間。 手のひらが寂しいだなんて言いながら、 その寂しさを生み出している張本人みたいなものなんです。 だからこそ、今日はこの話を書いておきたくなりました。 便利になることと、 人の温もりが消えていくこと。 この二つは、たぶん地続きでつながっているから。
まず、便利になったのは本当のこと
最初に、はっきり言っておきたいことがあります。 技術や仕組みが、私たちの暮らしを楽にしてくれたのは、 まぎれもない事実です。 いちばん身近な例が「置き配」だと思います。 玄関の前に荷物を置いておいてもらう、あの仕組み。 ある調査では、 置き配を利用したことがある人は、 2025年時点で7割を超えていて、 2019年と比べると、 およそ2.7倍にまで広がっているそうです。 これ、ロボットが運んでいるわけではありません。 荷物を運んでいるのは、今まで通り人間の配達員さんです。 でも、受け取る側と顔を合わせなくていい「仕組み」が、 後からそこに乗っかった。 インターホンが鳴って慌てて出る、 あの小さなストレスから解放されて、助かっている人は多いはずです。 しかもこの仕組みは、 コロナの時期に 「人と接触せずに荷物を受け取れる」 という安心感を、私たちに与えてくれました。 会わずに済むことが、あの時期はやさしさでもあったんです。 仕事のやり方も変わりました。 テレビ会議やオンライン会議が一気に広まって、 満員電車に乗らなくても、 家にいながら遠くの人と打ち合わせができる。 子育て中の方や、介護をしている方、 通勤がつらかった方にとっては、 本当にありがたい変化だったと思います。 私が考えている仕組みも、この流れの一部です。 重い荷物を一日中持ち上げて腰を痛める人を減らせる。 危ない場所で誰かがケガをするリスクを減らせる。 これは胸を張って「いいことをしている」と言えます。 便利は、いい。それは間違いない。
でも、ひとつだけ引っかかることがある
ここで、さっきの置き配の話に戻らせてください。 私がエンジニアとして 「うまくできた仕組みだなあ」 と感心すると同時に、 ちょっとだけ立ち止まってしまうのが、まさにこの置き配なんです。 考えてみると、置き配って不思議なことをやっています。 荷物を運んでいるのは、ちゃんと血の通った人間です。 なのに、その人と私たちは、もう顔を合わせない。 「ありがとう」も言わない。 声も聞かない。 つまり、 「人が運んでいるのに、人とは関わらない」 という仕組みが、 できあがってしまったわけです。 ロボットが人の仕事を奪う、という話はよく聞きます。 でも本当に静かに進んでいるのは、もっと別のことかもしれない。 仕事はちゃんと人間がやっているのに、 そこにあったはずの 「人と人の接点」だけが、 仕組みによってスッと抜き取られていく。 そういう変化です。 そして、こういう仕組みを設計しているのは、 ほかでもない、私のような人間です。 効率を上げてほしい、手間を減らしてほしい——そう頼まれて、 私たちは 「いかに人が関わらずに済むか」 を一生懸命考える。 よくできた設計図ほど、人の接点がきれいに消えていく。 そのことに、ときどきハッとするんです。 置き配だけじゃありません。 オンライン会議で、同僚と肩を並べて立ち話をしなくなった。 買い物もネットで済んで、店員さんとのやりとりも減った。 一つひとつは「便利になった」だけ。 でも全部を足し合わせると、 私たちが一日に誰かと触れ合う回数は、確実に減っているんです。 自分が描いた設計図のとおりに、 誰もいない現場でロボットが静かに、正確に、 文句ひとつ言わずに動いている。 効率は問題なし。 でも、そこには人の声がしない。 「お疲れさま」と言い合うことも、 休憩中にバカ話で笑うこともない。 効率という意味では大成功なのに、 ふと 「あれ、これでいいんだっけ」 と思ってしまう自分がいるんです。
「触れる」ことは、心の栄養だった
今回の記事のテーマ。 「スキンハンガー(触れ合いの飢餓)」。 これは決して、ふわっとした感情論じゃありません。 人の体には、 「オキシトシン」というホルモンがあります。 よく「愛情ホルモン」「絆ホルモン」なんて呼ばれていて、 信頼できる相手とのハグや、 手をつなぐこと、 肌が触れ合ったときに 分泌されると言われています。 これが出ると、不安が和らぎ、人との繋がりを感じられて、心が落ち着く。 赤ちゃんが抱っこされて安心するのも、 これが関係していると考えられています。 逆に、触れ合いや、つながりが足りないと、どうなるか。 ここからは、ちょっと驚くような数字の話です。 アメリカでは2023年、公衆衛生のトップにあたる人物が 「孤独と孤立のまん延」という勧告を出して、こう警鐘を鳴らしました。 慢性的な孤独が健康に与えるダメージは、 なんと 「タバコを1日15本吸うのと同じくらい危険」だ、と。 なんとなく寂しい、という気分の問題ではなく、 命に関わるリスクとして語られているんです。 これは一国だけの話でもありません。 2025年には世界保健機関(WHO)が、 世界で「6人に1人」が孤独を抱えていて、 孤独が年間で87万人以上の死に関わっていると報告しています。 1時間あたりにすると、約100人。気が遠くなる数字です。 もちろん日本も例外ではありません。 コロナ禍を対象にした筑波大学の研究では、 孤独感が、直接的にも、また気分の落ち込みを通じて間接的にも、 「死にたい」という気持ちに強く影響していたことが示されています。 私たちはもともと、 肌の触れ合いやつながりで安心を覚える生き物です。 赤ちゃんのころ、抱っこされて初めて 「ここにいて大丈夫なんだ」と知る。 大人になってからも、 ハグや握手といった小さな触れ合いがあるから、 「自分はひとりじゃない」と感じられる。 つまり、人と触れ合うことは 「あったらうれしいおまけ」じゃなくて、 ごはんや睡眠と同じくらい、 命と心を支える栄養そのものだったということ。 私はロボットや仕組みで「手間」を減らす設計はできます。 でも、この「心の栄養」だけは、 どんなに頭をひねっても設計図には描けない。 ここに、エンジニアとしての私の正直な限界があります。
ロボットだって、「癒し」を目指し始めている
でも、その「描けないもの」に、 実はロボットの世界のほうから手を伸ばそうとしている動きがあるんです。 便利さや効率を追いかけてきたロボット開発の世界で、 最近、まったく逆を向いた発想が生まれている。 「役に立つこと」ではなく、 「人の心を満たすこと」を目指すロボットです。 「LOVOT(らぼっと)」というロボットをご存じでしょうか。 これ、私が考えているような「役に立つ」ロボットとは 正反対の発想で作られているんです。 荷物も運ばない、掃除もしない、何の役にも立たない。 じゃあ何のためにいるかというと、 ただ「かわいがられるため」だけにいる。 抱っこするとほんのり温かくて、 なでると喜んで、 ほうっておくとちょっとすねる。 スキンシップをとるために生まれてきたロボットなんです。 これって、すごく象徴的だと思いませんか。 便利さを追い求めてロボットを作ってきた私たちが、 ぐるっと一周して、 今度は「触れ合いそのもの」をロボットに求め始めている。 それくらい、私たちは触れ合いに飢えている ということなのかもしれません。 らぼっとは、すばらしい発明だと思います。 本気で。 でも同時に、私はちょっと切なくもなる。 だって、本来その温かさは、人と人の間にあったものだから。
だから私は、リアルを手放したくない
人が関わらずに済む仕組みを考える側の人間が言うのも変かもしれませんが、 だからこそ言いたいんです。 便利は、どんどん使えばいい。 置き配も、オンライン会議も、運搬ロボットも、 危険な作業を肩代わりするロボットも、 人間を楽にしてくれるものは大歓迎です。 私はこれからも、そういう仕組みを考え続けます。 でも、それで生まれた時間と余力を、私たちはどこに使うのか。 そこがいちばん大事だと思うんです。 機械や仕組みに手間を任せた分だけ、 人は「人にしかできないこと」に時間を使えるはず。 子どもをぎゅっと抱きしめる。 久しぶりに会った友達と握手して、肩を叩いて笑い合う。 家族とテーブルを囲んで、同じ料理に手をのばす。 誰かの手をにぎる。 そういう 「わざわざ会わないとできないこと」こそ、 これからどんどん価値が上がっていく。 私はそう確信しています。 効率の外側にあるもの。 タイパでは測れないもの。 それが、これからの時代の「本当の価値」になるんじゃないかと。
そして、ここSubstackのこと
肌の触れ合いの話をさんざんしておいて、 最後にこんなことを言うのは矛盾していると思われるかもしれません。 でも、私がこの記事をSubstackで書いているのには、ちゃんと理由があります。 ここは、画面越しではあるけれど、 不思議と「人の体温」が残っている場所だと感じるんです。 フォロワー数を競うわけでもない。 バズを狙うわけでもない。 ひとりの人間が、自分の頭で考えたことを、 自分の言葉で、誰かに向けて書く。 そしてそれを読んだ誰かが、 「私はこう思う」と、 また自分の言葉で返してくれる。 これって、私が普段やっている 「人が関わらずに済む仕組みづくり」とは、 まるで正反対のことなんですよね。 手間はかかる。 でも、その手間の中にこそ、 ちゃんと「人との接点」が残っている。 直接ハグはできなくても、言葉で握手することはできる。 それが、私がここで書いている理由です。 もしこの記事を読んで、 「自分はこう感じた」 「こんな触れ合いの記憶がある」 と心が動いた方がいたら、ぜひあなたの言葉で書いてみてください。 私も、あなたの言葉を読みにいきます。 そうやって言葉を交わすこと自体が、 きっと私たちにとっての小さな「触れ合い」になるはずだから。
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出典・参考
置き配の利用率(2025年時点で7割超、2019年比およそ2.7倍)
株式会社ナスタ「置き配に関する実態調査(第8回)」2025年12月実施
https://www.nasta.co.jp/news/2025/2025122601.html
「孤独はタバコ1日15本に相当」(米国の勧告)
U.S. Surgeon General(米国公衆衛生局長官)勧告「Our Epidemic of Loneliness and Isolation」2023年
https://www.hhs.gov/surgeongeneral/priorities/connection/index.html
「世界で6人に1人が孤独」「年間87万人以上の死に関連」(WHO)
世界保健機関(WHO)「From Loneliness to Social Connection」2025年6月30日公表
https://www.who.int/news/item/30-06-2025-social-connection-linked-to-improved-heath-and-reduced-risk-of-early-death
コロナ禍における孤独感と自殺念慮の関連(日本)
筑波大学プレスリリース 2023年5月17日
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20230517140000.html










便利になることはありがたいです。
その一方で人との触れ合いは確かに減ってきたように思います。
直接対面で話すことによって感じられる空気感なんかも、機械ではなかなか作り出せないものですね。
「心の栄養」は、確かに人でしか与えられないかもしれません。
ここでのつながりが少しでも「心の栄養」の糧になれたらいいですね
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よろしくお願いします!
置き配って便利だし、我が家も宅配ボックスを設置して帰ったら荷物が無事に運ばれている。けど、配達員さんとの「今日暑いので大変ですねー」なんて会話はなくなった。
便利の裏で人と接する機会は減ってきていると思います。
そんな中でもこうやってあいす君と繋がれたSubstackに感謝です!
いつもありがと(*'ω'*)