高専、知ってます?
第3話 寮費、月700円。それでも私は通学を選んだ
※この連載は事実7割・フィクション3割。
盛るのは私の体験談だけで、高専の制度やルールの話に嘘はありません。
前回のラスト、覚えていますか。 4月の入学式で、すでに声が枯れていた寮生たちの話。 彼らは、はるか彼方の点に向かって 「こんちわーっす!」 を大砲みたいに撃ち込み続けていて、 そりゃ喉も潰れる、というところで終わりました。 今日はその、寮の話です。
これから高専寮の闇を見ていくことになるのですが、 まずは、フェアに公式(国立高等専門学校機構HP) 情報から見ていきましょう。 高専の寮、実はものすごく条件がいいんです。 なにが驚くって、寄宿料、つまり部屋代。 相場は、月700〜800円です。 800円「/日」じゃありません。「/月」です。 私も最初、桁を見間違えたのかと思いました。 都会なら朝食一回分でも危うい金額で、 一ヶ月屋根の下に住めてしまう。 もちろん別途、学寮運営費や光熱費、 給食費はかかりますが、 それを全部足しても、 実家から電車と定期を乗り継ぐより 安く上がるご家庭は、たくさんあります。 しかも、公式サイトに挙げられている 寮のメリットは、堂々たるものです。 ・通学時間ほぼゼロ ・全国から集まる仲間と友達が一気に増える ・先輩に勉強やレポートをすぐ質問できる ・規則正しい生活で自然と自習時間が確保される ……完璧じゃないですか。 親御さんが資料を取り寄せて、 「あなた、寮でいいんじゃない?」 と言い出すのも、当然なんです。 安い、近い、友達増える、勉強はかどる。 四拍子そろっている。 なのに私は、その全部を蹴りました。 片道、およそ2時間弱。 朝は真っ暗なうちに家を出て、 電車で揺られ、乗り換え、また揺られ。 夜には同じ道を逆再生する。 5年間ずっと、です。 なぜそんな苦行を選んだのか。 理由は、ひとつでした。 寮に関する、悪い噂があったから。
噂は、入学前から耳に入っていました。 曰く、あそこの寮は「ちょっと特殊」だと。 上下関係が、ちょっとどころではないらしいと。 正直、半信半疑でした。 今どきそんな漫画みたいな話があるかと。 誰かが尾ひれをつけた都市伝説だろうと。 ところが、その半信半疑が、入学初日にひび割れます。 思い出してください。 声の枯れた寮生たちを。 彼らは、遠くの人影が 寮の先輩かどうか判別できない距離から、 とりあえず全力で挨拶を撃っていました。 「迷ったら撃つ」。 あの光景を目の当たりにして、 私の中の「まさか」が、 少しずつ「もしかして」に変わっていったんです。 そして噂が完全に現実の質量を持つのは、 入学から数週間後。 学生会主催・新入生歓迎合宿、その日でした。 通学組の私は、 寮のあの恐ろしい慣習とは、 ずっと無縁でいられる……はずでした。 ――まさか、寮に一歩も入らないまま、 その一端をこの合宿で たっぷり味わわされることになるとは このときは、まだ知る由もありませんでした。
ここで「学生会」の説明を挟みます。 簡単に言うと、 いわゆる生徒会にあたる組織が「学生会」。 校内イベントの企画運営、 部活予算の管理、 他高専との交流なんかを取り仕切る、 要するに学校運営の実働部隊です。 で、この学生会が主催する歓迎合宿が、 一泊二日で開催される。 場所は、林間学校でイメージするような、 山の中のだだっ広い研修施設。 参加するのは新入生全員に加えて、 各学科代表の5年生、 学生会の面々、 そして学生寮の役員たち。 つまり、校内の「上」が全員そろうわけです。 正直、嫌な予感しかしない。 行きのバスの中。 車内スピーカーから、 聞き慣れない歌が流れ始めました。 校歌……ではない。 うちの高専には、校歌とは別に 「学生会歌」なるものが存在するんです。 調べてみると、 これ自体は珍しくもなくて、 学生会や生徒会が独自に 自分たちの歌を持っている学校は、 全国にちらほらあります。 士気を高めるとか、 伝統だとか、 まあそういうやつです。 とはいえ、校歌があるのになぜもう一曲。 謎です。 バスがカーブを曲がるあたりで、 5年生の先輩がマイクを取り、こう言いました。 「あー、この歌ね、明日みんなで歌うんで。 それまでに覚えといてくださーい」 本当に、これだけ。ものすごく、軽い。 この時はみんな思っていました。 なんて気楽な合宿だ 歌を一曲覚えるだけでしょ、と。
1日目は、拍子抜けするほど平和でした。 学科ごとの交流、 先輩たちとの雑談、 レクリエーション。 にこやかで、和気あいあいとしていて、 なんだ、噂ってこんなもんか、と。 夜は普通に眠り、朝が来ました。 運命の、2日目です。 朝9時。 朝食を終えた新入生全員が、 学科ごとに整列させられ、 施設のグラウンドのような、 だだっ広い空間に集められました。 そして、号令。 「はい、では、 学生会歌、歌ってください」 歌え、と言う。 なのに、いつまで経ってもイントロが流れてこない。 それもそのはず。 CDプレイヤーも、 拡声器も、 伴奏も、 なにひとつ用意されていない。 だだっ広いグラウンドに、 ただ人間だけが立っている。 そして、掛け声。 「せーの!」 ……??? 次の瞬間。 リズムを完全に度外視した怒号が、 空気を殴りつけました。 「シィィッ! ジィィツ! ゴォォ! ケェェェン!!!」 (※学校がバレるので、実際の歌詞は迫力ある文字列に変えてあります) 歌を歌うと聞いていた。 なのに、彼らがやっているのは、 歌詞の単語をひとつ、ひとつ、 リズムをぐちゃぐちゃに破壊しながら、 ただただ絶叫する行為でした。
もはやメロディはどこにもない。 歌というより、単語の投擲です。 新入生一同、目がポカン。 ……かと思いきや。 この怒号に、寸分の狂いもなく 合わせて叫んでいる新入生が、数名いる。 これが、寮生です。 あとで聞いた話では、 彼らは合宿より前、 入寮式ですでに洗礼を受けていたとのこと。 予習済み。だから完璧に叫べる。 そして、ここでようやく腑に落ちました。 声が枯れていたのも、 この絶叫が日常だからです。 歌えと言われたら、歌わない。叫ぶ。 それが、寮の流儀だった。 ここからが、地獄の本番でした。 怯んで固まっている新入生を見つけると、 先輩たちがここぞとばかりに、 じりじりと、にじり寄ってくる。 「あぁん? 覚えてないの??」 鬼の形相。 いや、覚えてるとか覚えてないとかの話じゃない。 昨日「覚えといて」と言われたのは、 あくまで「歌」だ。 この、リズムを爆破した単語絶叫を 「覚えとけ」とは、誰も言っていない。 こいつら、何をやってるんだ? 新入生全員の頭の中は、その一色でした。
……とまあ、ここまでは、周りのみんなの話。 ここで、前回のツテさんを覚えているでしょうか。 留年しているぶん上の代とパイプがあり、 去年その一年をまるっと経験してきた、 あの情報通です。 私はツテさんと席が近く、 実はこのイベントについて、 事前にざっくり聞かされていました。 毎年の恒例行事。 過去にやられたことを自分たちもやってすっきりする。 そういった因襲があると。 それならば、 黙って耐えるのも癪だ、どうせなら一矢報いよう。 ツテさんの話を聞いた数名で、 そう言って、とっておきの一言を仕込むのでした。 詳しくは、後で。 さて、地獄の本番です。 先輩たちは、 怯んでいる新入生を順番に狩り始めました。 ポカンと固まっている者、 絶叫にドン引きした顔をしている者、 いかにも他人事といった風情の派手めの子。 要するに、 目をつけられるべくしてつけられた面々が、 次々とロックオンされ、 ぐるりと囲まれていく。 先輩たちの意識が、 そのピックアップに完全に吸い寄せられた、 まさにその一瞬。 私たちは、そっと目配せを交わしました。 (今か……? 今、言うか?) 視線だけで、そう確かめ合う。 そして、声を張り上げる。 「作曲者へのリスペクトが足りないだろ!!!!」 原曲にはちゃんとメロディがあるんです。 それを跡形もなく破壊しておいて、 なにが「覚えてないの?」だと? ただ、どうしたことだろう。 あたりはしんと静まり返り、 目の前には、怒りでプルプル震えるパイセン達。 (あれれ~おっかしいぞ~) 正直、少しだけ、笑いが起きると思っていた。 爆笑といかないまでも、 あたりにくすくす笑いが伝播するかなと。 はい、そうです。 その通り、完全にやらかしたわけです。 この一言で、私はその後1年間、 学科長に目をつけられることになるのですが、 それはまた別のお話。 ただ、この件に関しては多少救いもあって その場にいた当時の学生会長様は、 これに対して、大爆笑してくれました。 以来この人、事あるごとに 売店で私にアイスを奢ってくれるようになります。 人生、どこに縁が転がっているかわかりません。
そんなこんなで、 新入生全員がなんとか大声で 「シィィッ! ジィィツ!」 を叫べるようになった頃。 「よし」 終わった。やっと終わった。 ――終わって、いませんでした。
次に始まったのは、挨拶訓練なるもの。
「おはようございます」
「こんにちは」
「こんばんは」
「失礼します」
これを、立ったまま、
90度の全力お辞儀をしながら、
ひたすら繰り返す。
例によって、声が出ていなければ
パイセンからの怒号が飛んできます。
やがて空模様まで参加してきて、
あられだか、ひょうだか、氷の粒が降り出す始末。
それでも、お辞儀は止まらない。 誰も止めてくれない。 これをまた、たっぷり一時間ほど。 これでようやく、本当に、合宿は終わりました。
これも、あとで聞いた話です。 この挨拶訓練、寮では定期的に行われているそうで。 さらにこれに追加し、 そこで目をつけられた生徒や、 門限を過ぎて帰ってきた生徒は、 正座したまま、両手を前方に水平に突き出す。 それを数十分から一時間ほど。 生徒間では「締め」と呼ばれていたものが 寮では普通に行われていた、らしい。
遠方への大砲挨拶も、あの挨拶訓練も、締めも。 後にモンスターペアレント襲来によって、 きれいさっぱり無くなったと聞きます。 時代は、確かに進んでいる。 ただ、それを聞いた当時の寮生たちは 少し寂しそうな表情をしていたのを今も覚えている。 月800円で住めて、友達が増えて、勉強がはかどる。 その全部を、私は片道2時間弱で買い戻した。 安い買い物だったのか、高い買い物だったのか。 今でも、よくわかりません。
さて、挨拶とお辞儀の話ばかりしてきましたが、 そもそも私たちは、 勉強をしに高専へ来たはずです。 次回は、その授業と実験の話を。 普通の高校とは、ちょっと、いや、 だいぶ毛色の違う、 高専の学びの世界。 そこでもまた、新入生の常識は、 静かに、確実に破壊されていきます。 その一部始終は、次回、たっぷりお届けします。
一緒に高専についてのLIVEもやってくれた ももとさんが、コラボしてくれることに!!! (今回は、無理言ってごーしさんにも書いてもらいました)
今後もちょくちょくコラボしていきたいと思いますので そちらもお楽しみに!
高専について
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あいすくん、こりゃイジられなれるわけねw
中学の時に声出しの練習として、グランドの端っこに立たされて、離れて立っている先輩に向かって校歌を歌わされた事をおもいだしました。
私たちと先輩の間には、野球部とサッカー部が練習している中、声を必死で届けてたなぁー。
青春……‼︎
あいすくんがシィィィッ!ジィィィッって叫ぶところ想像できない!!🤭
高専って頭いい人の集まりかと思ったけど、、結構体育会系😳